綴る阿呆

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【書評】アートを学ぶ意味なんてあるの?

「アートを学ぶ意味なんてあるの?」

その問いに「YES」と即答するのが、この本だ。

 

筆者はコンサルタントだが、大学院では美術史を専攻しており、アート業界とも馴染み深い。アート関係者によれば、ここ数年、世界のエリート達の「アート」への関心が高まっているという。

世界のエリート達は、なぜ「美意識」を鍛えるのか?

それを探るのが、この本のテーマだ。

エリート達がこぞって「美意識」を鍛える理由として、筆者が指摘するのは次の二つだ。

一つ目は、現代社会において、「直感」と「感性」に基づいた経営判断・意思決定がますます重要になっていることだ。

従来の経営では、経験に基づく「クラフト」と論理に基づく「サイエンス」の二つが過度に重視されていた。

しかし、現代社会は、物理学的に言えば、複雑系の様相を示している。つまりは、蝶の羽ばたきが巡り巡って嵐を引き起こす様に、ちょっとした因子の違いで未来は大きく変わる。未来は、「経験」あるいは「論理」だけで予測するには、無理があるのだ。

そこで、複雑な状況から、本質を直感的に掴み取る、「アート」の要素が重要になる。ただし、「アート」だけでは、経営は成り立たない。「アート」で牽引するリーダーを、「サイエンス」と「クラフト」に強い人材が支える。それが理想の組織体制だと、筆者は言う。例えば、スティーブ・ジョブズ率いるアップルに、それが体現されていたという。

しかしながら、現状では、決定に関する説明がつく「サイエンス」や「クラフト」に対して、直感や感性による「何となく」に頼った「アート」は、弱い立場にある。したがって、経営のトップこそが「美意識」を鍛えなければ、「アート」の要素を活かせない。

続いて、「美意識」を鍛える二つ目の理由に移る。

変化が早すぎる世界においては、法制度といった外在的な規範・ルールの制定が、現状に追いつかない。いわば無法地帯の様な状況で、経営判断は法律やルールよりも、むしろ個人の倫理観・価値観に委ねられるようになった。

そのため、世界の変化に左右されない、内在的な「真・善・美」の基準に照らして、経営判断を下すことが重要となるのだ。「美のものさし」を用意するために、(心ある)世界のエリート達は「美意識」を鍛えているのだ。

最後に、筆者は「美意識」を鍛える方法として、いくつものアプローチを提案している。例えば、絵画の鑑賞や文学、詩、マインドフルネス、といった方法で、「美意識」は鍛えられるという。

こういった「アートを学ぶ意義」や「美意識の鍛え方」について、詳しく知りたい方は、ぜひ本書を読んでみて欲しい。