綴る阿呆

此処には阿呆な話しかない。

天才にTwitterはいらない

大学生の頃,Twitterにハマった。現実世界の私は,講義室の隅っこで独り本を読んでいる,いわゆる「陰キャ」であった。そんな私が,唯一Twitter上では,他人に「面白い」と称賛してもらえた (と勘違いしていた)。神妙な顔をしながら講義を聞く (ふりをする) 私は,傍からは真面目な学生と映ったかもしれないが,頭の中にあったのは,いかに面白いツイートをするか,それだけであった。休日には,フォロワーに受ける何かをやってのけること,それだけを考えてプランを立てた。お気に入り登録あるいはリツイートによるiPhoneのvibrationが鳴る度に,私の心はときめいた。要するに,Twitterが私の全てであった。あの頃の私は,魂の救済を求め,ひたすら神に祈りを捧げる宗徒に等しかった。

二年間ほど,そんな大学生活を過ごした後,私はTwitterを辞めた。周囲の人間を見回してみると,私が「面白い」と感じる人達に限って,TwitterFacebookといったSNSなどに全く興味を示さないことに気付いたからだ。ただし,これは単に,Twitterなんてものに頼らずとも周囲に一目置かれるような人間を,私が「面白い」と感じてしまう,という逆の因果関係に由るかもしれない。いずれにせよ,Twitterにハマっている限りは,真に面白い人間にはなれない。そう考えて,私はTwitterをきっぱりと辞めた。

さて,その後は現実世界と向き合い,着実に大学院へと進んだ私は,今年の四月から遂に会社員となった。入社する前から分かっていた事だが,会社というのは,とにかく「褒めてもらえない」場所である。良い会社員とは即ち,ヒットを打つ人間では無く,エラーをしない人間である。称賛に代わって,与えられるのは給与のみである。お金を貰えるだけで満足すべきで,それ以上は求めるべくも無い。個人の努力や手柄といったものは,会社の業績へと変容する。社内で「アイツは仕事が出来る」と話題に上ることはあれど,公に称えられることは決して望めない。そういう世界である。

金銭欲や物欲に欠ける代わりに,人一倍承認欲求が強い私は,そんな会社生活というものに,物足りなさを感じている。もっと人に褒められたい。有名になりたい。このまま凡庸な一会社員として,社会に埋没するしかないのか。私は,才能があると自惚れるほどの阿呆ではないが,「自分は何かやれるのではないか」と夢見てしまう程度には阿呆である。

だから,もう一度Twitterをやっていたあの頃の様に,アングラでも良いから他人に称賛されたい。そう思い,Twitterを再開した。天才にTwitterはいらない。だが,僕は凡人である。私のツイートの原動力は,ブラックホールの如き承認欲求。だから,この記事を読んで下さった皆様,溢れんばかりの「お気に入り」を。はち切れんばかりの「リツイート」を。そして,大地が揺さぶられんほどのvibrationを,私に。

 

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