阿呆空間

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私が今,一番欲しいもの。それは...

私が今,一番欲しい物。それは,懸垂マシンである。

 

先日,『プリズナートレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ』という本を買った。囚人は,刑務所生活をサバイブするために,否応なく身体を鍛える必要がある。この本では,元囚人の筆者が,トレーニング器具の無い監房で編み出した自重筋トレの方法が紹介されている。しかしながら,トレーニング器具は不要と言いつつも,本書で紹介されるトレーニングの半分は,「懸垂用のバー」を必要とするのだ。筆者曰く,監房では鉄格子を懸垂バー代わりに使っていたとの事である。残念ながら,私の部屋の窓に鉄格子は付いていない。だから,プリズナートレーニングの実践には,「懸垂マシン」が必要なのである。私は「懸垂マシン」を,喉から手が出るほど欲しい。 

プリズナートレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ

プリズナートレーニング 圧倒的な強さを手に入れる究極の自重筋トレ

 

だが,ふと冷静に考える。そして,私は本当は「懸垂マシン」が欲しい訳ではないことに気付く。私が本当に欲しいのは,「懸垂マシン」では無く,「筋肉」である。
4月から会社員として働き始めた私が気付いたのは,「会社とは本質的に監獄に等しい」ということである。弱者は強者に蹂躙され,窓際へと押しやられる。まさしく「この世の全ての不利益は当人の能力不足」という世界である。すなわち,会社という監獄で生き残るためには,強さの証明と象徴たる「筋肉」が必要不可欠なのである。アーノルド・シュワルツェネッガーシルベスター・スタローンばりの「筋肉」さえあれば,たとえ新入社員であろうと会社の影の支配者たることが可能であることに間違いない。だから私は,何としても「筋肉」を手に入れたい。

フィギュアーツZERO ビスケット・オリバ

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 しかし,再び冷静に考える。私は本当に「筋肉」が欲しいのだろうか。否,それは違う。私が真に求めるのは,「筋肉」に付随する「圧倒的な強さ」である。仮に「圧倒的な強さ」さえ手に入るならば,「筋肉」は不要なのだ。
塩田剛三という合気道家をご存じだろうか。塩田剛三は,"生きる伝説"と呼ばれるほどの「圧倒的な強さ」を誇った。来日したケネディ大統領のボディガードに圧勝した,道場破りにやってきたプロボクサーを一瞬で返り討ちにした,など超人的なエピソードが枚挙に暇がない。だが塩田剛三は,身長154cm体重46kgと非常に小柄だ。シュワちゃんのようなマッチョでは全くない。しかし,圧倒的に強い。つまりは,こういうことだ。「筋肉」は「圧倒的な強さ」の必要条件ではない。

 

どうやら結論に達したようだ。私が今,一番欲しいもの。それは「圧倒的な強さ」である。

 

本当にそうだろうか。「圧倒的な強さ」を手にして,私は一体どうしたいのか。

 

「自由」を謳歌したい。


私が本当に欲しかったもの,それは「圧倒的な強さ」などでは無かった。


「自由」である。
私が今,一番欲しいもの。それは「自由」である。

 

私は,書棚から六法全書を取り出し,憲法第31条の頁を開く。

第三十一条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

 法律の定める手続きによらなければ,自由を奪われない。
この一文には重大な意味がある。
所有せざるものは,奪いようも無い。
すなわち,我々は皆,自由を所有している。

私は,すでに「自由」を持っていた。

 

私が今,一番欲しいもの。それは既に,私の手中にあった。

 

手を開けて御覧なさい。そこにはきっと,貴方が今,一番欲しいものがあるだろう。