綴る阿呆

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上毛かるた — 群馬県民と友情を築く,ただ一つの方法 —

日本の首都・東京から,北西へ車を走らせること約2時間。私はグンマとの国境に至った。難無く国境を通過し,寂れた首都・マエバシを尻目に,グンマで最も活気のある都市・タカサキへと向かった。タカサキの中心部に到着し,下車すると,途端に味噌の香ばしい匂いが鼻腔へと流れてきた。道端を見渡すと,グンマー (グンマ国民の愛称である) の国民食として有名な"焼き饅頭"の屋台が軒を連ねている。早速"焼き饅頭"の3つ刺さった串を買った。それは米ドル換算で一本100セントという驚異的な安さであった。焼き饅頭の串を片手に,グンマの街を練り歩いた。私はカンノンヤマやクサツオンセンといった観光名所には興味が無い。グンマーの日常生活をこの目で見て,彼らの国民性を肌で感じたいのである。ぶらぶらと30分ほど歩くと,近くから歓声が聞こえてくる。声の出所を探ると,集会所らしき建物へと行き当たった。私は恐る恐る,その集会所に足を踏み入れた。そこには異様な光景が広がっていた。老若男女問わず,板の間に正座をして,二人一組で向かい合っている。二人の間には,トランプ大のカードが50枚程度置かれている。グンマー達は皆,真剣な表情でこの遊戯に集中しており,私の存在にも気づいていないようである。私は部屋の隅で,彼らがこの遊戯に取り組む様をじっと眺めていた。何試合も見ているうちに,朧気ながらこの遊戯のルールが分かってきた。それは"カルタ"の一種であった。長老と思しき,威厳を漂わせた初老の男が,一定の感覚で短いフレーズを発する。間髪を入れず,闘技者たちはカードへとスッと手を伸ばす。闘技者達の優劣は,この動作の"音"を聴くだけで分かる。強者のそれは,無音なのである。カードの絵柄は,美しい景観や寺社仏閣,人物画 (皆オッサンである) など多種多様である。カードによる点数の違いは無いようである。否,ただ一枚だけ,特別扱いされるカードがあった。それが,このカード。

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 「ツルマウカタチノグンマケン」
始終無言で進められるこの遊戯だが,この「ツルマウカタチノグンマケン」の時だけは,周囲で声が上がった。このカードを手にし歓喜の雄叫びを上げる者。それを逃した悔しさに歯を噛みしめ天を仰ぐもの。私がこの集会所へと足を踏み入れるきっかけとなった歓声も,この「ツルマウカタチノグンマケン」に因るものだったのだろう。どうやら,同枚数のカードで試合が終了した際には,ツルマウカタチノグンマケンを制した者が勝者とされるようだ。同点などそうそうないと思うだろうが,私が見ていた限りでも同点での決着は何回もあった。特に,実力者同士となると,勝負は拮抗する。同点は珍しくなく,この「ツルマウカタチノグンマケン」を手にするか否かが運命を大きく左右するのだ。

こうして眺めていたら,一人のグンマーが私に気付いた。奇異の目を向けながらも,彼は私に話しかけてきた。

「ماذا عنك ، ربما تحاول」

私はグンマー語には疎く,彼が発する言葉の意味は解らなかったが,身振り手振りから推察するに,「どうだ,お前もやってみるか?」といったニュアンスの事を言っているらしい。私が覚えているのは,「ツルマウカタチノグンマケン」のみであったが,これも面白いと思い,その男が座っていた位置についた。試合は,もちろんだが,45対1という私の惨敗であった。試合中は始終,唯一覚えていた「ツルマウカタチノグンマケン」に全意識を集中させていたから,この一枚だけは取ることができた。試合が終わって周囲を見渡すと,グンマー達の私に向ける奇異の視線は何時の間にか消えており,それは親愛のに満ちた優しい視線へと変化していた。はじめに声をかけてきた男が,

「سوف أعطيها لك في ذكرى」

またしても言葉は意味不明であったが,何を言わんとするかは分かった。それは「そのカードは記念にお前にあげよう」という意味に違いない。私は「ツルマウカタチノグンマケン」をポケットの名刺入れにしまい,グンマー達に手を振り集会所を後にした。「このカルタ遊びこそが,群馬県民との友情を築くただ一つの方法である」という研究成果を手に入れた私は,やがてグンマでの二週間にわたるフィールドワークを終え,東京へと意気揚々と帰還した。

この話には後日談がある。グンマから帰国して数週間後,私はニューヨークのオフィスビルで,外資コンサルティングファームに所属する日本人とのミーティングを予定していた。彼は,生粋のエリートといった知的な風貌であり,流暢な英語を話した。ビジネスライクな挨拶を交わした後,名刺交換に移る。「〇〇と申します。宜しくお願い致します」と言いながら,私は名刺を差し出す。ここで私はとんでもないミスを犯したことに気付き,顔が真っ赤になった。私が差し出したのは,名刺などではなく,「ツルマウカタチノグンマケン」だったのである。しかし,私の耳に思いがけない言葉が返ってきた。その日本人は,目を見開き「ツルマウカタチノグンマケン...」と感慨深げに呟いた。そして,目を輝かせながら私の手をがっしりと掴むと,
「صديقي!」
と叫んだ。彼が何を言っているのかは分からなかったが,とりあえず彼が日本人などでは無いことは分かった。やがて平静を取り戻した(自称)日本人の彼と商談を終えると,二人で近くのバーに入った。私がグンマでのフィールドワークについて話すと,彼は熱心に聞き入っていた。私はそこで,前から気になっていたことを彼に尋ねた。
「そういえば,あのカルタ遊びの名前は何と言うんだ?」
彼はただ一言
「ジョウモウカルタ」
と答えた。
その彼とは,今でも年に数回,酒を酌み交わす仲である。

 

上毛かるた
それは,群馬県民と友情を築く,ただ一つの方法である。